坂田英三 旧ブログ

2013年までのブログです

ジェームズ・アンソール展

ニュ-ヨークでパリで見逃したカンデンスキーが見たが、今度はその逆。NYでカタログだけ見せてもらい、「終ってしまって残念でした」だったアンソール(James Ensor)がオルセ-美術館で始まったので、人の少ない夜の開館日を利用して見に行った。

アンソールは仮面画(?:人が仮面を付けている)で知られる(ベルギー人ならでは?)の変な画家で、彼の傑作は一度見たらなかなか忘れられない。彼の画面は白々しているほどはなはだしく明るい。クラッシックな技術を持つ初期の静物や風景画でもそうで、「誤って印象派に入れられてしまったが、私のに比べればその頃のマネの絵は暗くてどんよりしている」と彼が言ってのけたのがうなずける。あの明るさは晩年のターナーに匹敵しそうだが、それはやはり彼の関心がひとえに光だったからだ。そして輝かしき後光を描くのが目的でキリスト様が登場するようになるのだが、その作品は理解されず批判ばかり受けて、それが苦で人に奇妙な仮面をかぶせ、抽象的な崇高な世界に到ったターナーとは逆に、崇高なテーマが変ちくりんな風刺絵に化けていく。しかし彼は逆に「仮面で現実の醜さが隠せる」と思っていたそうだから、やっぱり変な人だ。

NYでは美術館で人がべらべら話しているのに閉口したが、パリもだんだん似て来た。私の横で若い女性が「何故こんな odieux な(おぞましい、耐え難い)絵が飾られるのか」と言い、教養ありそうな若い彼氏が「フランシス・ベーコンの方が血が流れたりしてもっとodieuxだ」とコメント。パリの方がまだ静かだが、仏語だとodieuxな会話が耳に入るので困る。アンソールならずとも2人の顔に仮面で封じたくなった。

あのけばけばしき大傑作「キリストのブリュッセル入り」こそなかったが、彼の絵はブリュッセルの王立美術館にも数点しか常設されてないから、各地の美術館、個人コレクションからよく大作を揃えた大回顧展と言える。デッサンも沢山。巨匠ではないが、自分の世界に閉じこもりながら広大な新世界を掘り当ててしまったという功労のある特異な作家だ。50歳前後で勲章をもらえるぐらい生前評価された方が私には不思議なぐらい。彼のコレクションも変だ。小猿の頭蓋骨の頭と剥製の魚を木の胴で繋いだ「人魚」が展示されていたが、これのみでも展覧会は見るに値する。odieuxと言う人にはこれもodieuxだろうが、、、。